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    考慮期間経過後の相続放棄

  相続人が被相続人の財産には僅かの現金しかないと思い相続放棄をしないでいたら、被相続人が亡くなって
1年以上も経った後に信用保証協会から催告書が届いて初めて連帯保証債務(相続債務)の存在を知ったという
ことはよくあることです。
  まず思い浮かぶのが時効援用です。   しかし、確定判決があって一部弁済の最終弁済日から10年が経過
していないとしたら、時効の援用は出来ません。
  さあ、どうするかですが、原則と例外があるというのが法律の世界です。  考慮期間つまり被相続人の死亡
を知ってから3ヶ月がとっくに経過していても、相続放棄が出来る場合がありますから全然諦める必要はありませ
ん。
                     
  最高裁は、「相続人が遺産がないと信じることに相当の理由があれば、例外的に相続人が相続財産の全
部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である
」(昭和
59年4月27日最高裁判決)と判示しています。
  また、相続債務があることを分からないまま、相続人が被相続人の預貯金を利用して仏壇や墓石を購入して
いた場合でも相続財産の処分に当らないとして相続放棄の申述を認めた決定があります。
「預貯金の他に積極財産はなかったのであるから、相続人が本件債務のように多額の債務があることを知って
おれば、相続開始後すぐに相続放棄をしたはずであることは明らかである。 ・・・・3ヶ月を経過した後に本件相
続放棄の申述をしたのはやむを得ないものであり、
民法915条1項所定の期間は相続人が信用保証協会か
らの残高通知書に接した時から起算すべきものと解する余地がある

・・・・従って、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理するに当って、その要件を厳格に審理し要件を満たすものの
みを受理し、要件を欠くと判断するものを却下するのは相当でない」(大阪高裁平成14
年7月3日決定)。
                     
  要するに、相続債務が存在しないと信じたことに相当な理由があれば、相続放棄の申述を受理して貰える可
能性が高いということです。
  先の大阪高裁決定ではこうも云っています。
「相続放棄申述書の受理は、家庭裁判所が後見的立場から行う公証的性質を有する準裁判行為であって、
述を受理したとしても相続放棄が有効であることを確定するものではない

  相続放棄の受理を巡って債権者に異議があるなら、裁判で解決するしかないと言っているのです。 そこまで
やる債権者というのはまず少ないと思われます。
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  しかし、相続放棄をしたいと思っても、単純承認となる処分があると不可能となります。相続人が相続財産の
処分をしますと、単純承認が擬制されます(民法第921条)。 承認の取消は原則として出来ず、その後は相続
放棄が出来なくなります。
そこで、どういう行為が相続財産の処分に当るのかを理解しておく必要があります。

  「処分」とは保存行為を除く財産の現状や性質を変える一切の行為をいいます。  判例に拠れば、経済的価
値の高い美術品や衣類の形見分け、相続財産の不動産を相続債務の代物弁済として譲渡すること、相続債権を
取り立てて領収することなどが単純承認とされる処分とされています。 

 また、家屋に放火したり、高価な美術品を故意に壊した場合も処分に該当します。  しかし、軽微な慣習上の
形見分けや被相続人の預金を葬儀費用や仏壇・墓石の購入費の一部に充てる行為は、該当しないとされます。

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 相続人は承認又は放棄をするまでの間、自分の固有財産を管理する場合と同じ注意義務を持って相続財産を
管理する義務があり(民法第918条1項)、権限の定めのない代理人と同様に保存行為や管理行為が出来ます。
 民法第921条1項但書でも
保存行為や短期賃貸借契約の締結は処分に当らないとされています。     
     
参考 →保存行為・管理行為    ж
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  では、こんなケースはどうでしょうか。
「被相続人の家屋(築50年、ゴミ屋敷に近い、何か月も地代を延滞、固定資産税も滞納)が借地の上に建っており、
地主から延滞金は要らないから土地を明渡してくれと云われた。   家屋には抵当権が設定されていたが、知人
が借金を債権者に支払ってくれて抵当権が抹消出来たので、家屋を自己費用で解体して滅失登記をし、土地を
明け渡した。  相続放棄をしないで1年経過してから連帯保証債務の請求が来た。  もう相続放棄は出来ない
のか」

  まず、地代の延滞金は債務ですし、家屋の登記簿を取れば抵当権の設定の有無の他債務の状況が分かります。  
ですから、その時点で債務の存在を認識したとされてその時点から考慮期間が起算されるのが通常と思います。

  しかし、地代の延滞金は免除され他の借金も知人により弁済されており(借金は相続財産から弁済したのでは
ない)、相続人には相続債務がその時点でもう存在しないと思って相続放棄をしなかったのだ考えてもいい事情が
あるようにも思えます。

  仮に、起算点の問題をクリアーしたとしても家屋の解体が鬼門となります。 裁判所は家屋の解体を「相続財産
の一部を処分した時」に該当すると判断するのが原則のようだからです。
  しかし、これも財産価値の殆どないゴミ屋敷同然の家屋で実質的にも朽廃していると云える場合なら、「期限の
到来した債務の弁済、腐りやすい物の処分して金銭に換えて保管すること
は本人財産全体から見て現状維持
と認められるような処分行為であるので、保存行為に当る」(最高裁昭和28年12月28日判決)という判例に照らして、
保存行為とはならないでしょうか。

  いずれにしても、処分になるどうかは最終的に裁判官の判断を待たねばならないというものが多々ありますから、
軽々しく自分で判断するのは禁物です。
 地代を延滞しているような一人暮らしの老人の場合、後で別な借金が発覚してもおかしくありませんから、相続財
産には手をつけないようにすることが肝要なのです。
 3ヶ月の考慮期間に法律家と相談しながら相続財産をよく調査し、積極財産が殆どない場合には、相続放棄に持
って行くというのが得策のようです。




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